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東京地方裁判所 昭和34年(行)7号 判決 1965年10月21日

原告 高山祐一 外五名

被告 国 外二七名

訴訟代理人 鵜沢晋 外七名

主文

1  本件第一次申立てをいずれも棄却する。

2  本件第二次的申立てをいずれも却下する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、第一次的請求原因(一)記載の事実は当事者間に争いがない。

二、第一次的請求について

原告らは、自創法による農地の買収処分および売渡処分はいずれも当該買収ないし売渡しにかかる農地を自作農の創設および土地の農業上の利用増進の目的に供しないことが確定したときは、法律上当然にその効力を失うものであると主張するので、この点について検討する。

憲法は、国民の基本的人権、すなわち生命、自由および幸福追求に対する国民の権利は、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を要するものとしている(第一三条)。しかし、このことは、反面、国民の基本的人権といえども、公共の福祉のため必要な場合には一定の制約を受けることがあることを示している。そして憲法第二九条第三項は、「私有財産は、正当な補償の下にこれを公共のために用いることができる。」と規定しているが、その趣旨は、私有財産は公共のために収用することができること、そしてそのためには正当な補償を支払うべきことを定めたにとどまり、それ以上に、収用後収用目的が消滅した場合に被収用財産が法律上当然に被収用者に復帰することを定め、あるいはこれを復帰させるような措置を講ずることを国に義務づけているものでない。したがつて、収用目的が消滅した場合に被収用財産を被収用者に回復せしめる方途を講ずるかどうかは、もつぱら立法政策の問題である。そこで、自創法による買収および売渡処分について自創法および農地法がいかなる態度をとつているかをみるに、自創法第三条の規定による農地買収処分および同法第一六条の規定による農地売渡処分が自作農の創設および土地の農業上の利用増進という公共目的達成のため行なわれたものであることは原告ら主張のとおりであるが自創法および農地法の規定を通覧してみても、右買収および売渡しにかかる農地が自作農の創設および土地の農業上の利用増進という目的に供されないことが確定し、買収および売渡しの原因となつた公共目的が消滅した場合に被買収者が法律上当然に買収農地の所有権を回復しうることを定めた規定は、どこにもない。かえつて、農地法第四条、第五条は自創法によつて売り渡された農地についてもこれを農地以外のものに転用のため所有権を移転することを格別禁止していないこと、自創法第一二条、第二一条、農地法第一三条、第四〇条等が買収および売渡しの効果としての所有権の移転に何らの留保も付していないこと等を考え合わせると、自創法または農地法の規定に基づく買収農地の所有権は無条件かつ完全に被買収者から国に移転し、またその売渡しによつて右所有権は無条件かつ完全に国から被売渡人に移転し、被買収者は当該農地につき何らの権利も有しないものとされていることが明らかである。原告らが援用する自創法第二八条第一項および農地法第一五条は、買収農地の被売渡人が当該農地についての自作をやめ、あるいはその者またはその世帯員以外の者がその農地等を耕作または養畜の事業に供したときに、国がこれを買い取りまたは買収すべきものとしているにすぎず、買収農地が自作農の創設および土地の農業上の利用増進という目的に供されなくなつた場合に右土地の所有権が法律上当然に被買収者に復帰することを定めた規定ではない。原告らは、さらに、自創法による買収処分および売渡処分においても少なくとも土地収用法第一〇六条と同程度に旧所有者の利益を尊重する建前をとつているものと解すべきであると主張する。

しかしながら、前述のように、現行憲法は、収用目的が消滅した場合に被収用財産を被収用者に復帰せしめる方途を講ずべきか否かをもつぱら立法政策の問題としているものと解されるのであるから、土地収用法が被収用者に被収用土地の買受けの途を与えているからといつて、当然に自創法による買収処分についても被買収者が被買収農地の所有権を回復しうる権利を有するものと解すべき理由もない。(のみならず、土地収用法第一〇六条は、被収用者またはその包括承継人からの買受けの申込みに基づいて収用土地の所有権を回復せしめることとしているにすぎず、収用土地を収用目的にしたがつて使用しないことが確定した場合に、当該土地の所有権を法律上当然に被収用者に復帰せしめるものとしたものではない。)

そうすれば、買収処分および売渡処分は、買収および売渡しにかかる農地を自作農の創設および土地の農業上の利用増進の目的に供しないことが確定したときは、法律上当然にその効力を失うものであることを前提とする原告らの第一次的請求は、その前提自体が理由ないことに帰するから、失当として棄却を免れない。

三、第二次的請求について

(一)  原告らは、第二次的請求の趣旨(一)において、被告国に対し、本件各土地を農地法第一五条により買収すべきことを求めているが、同条による買収は、同法第三条第二項第六号に規定する農地または採草放牧地をその所有者およびその世帯員以外の者が耕作または養畜の事業に供したときに、それが同法第三条第一項の規定による許可を受けて貸し付けられたものである場合を除き、国が、耕作者の地位の安定と農業生産力の増進をはかるために、土地所有者の意思にかかわりなく、公権力の発動として強制的になす行政行為であるから、原告らの右申立ては要するに農地法第一五条による買収処分という行政行為をなすべきことを求めるものであるところ、このように特定の行政行為をなすべきことを求める訴訟(いわゆる義務づけ訴訟)がわが現行法上許容されるか否かについては議論の存するところであるが、その点はしばらくおき、かりに許容されるとして、その場合に被告を誰にすべきかについてまず考えてみよう。、

特定の行政行為をなすべきことを求める訴訟は、原告の特定の行政行為をなすべき旨の申請を行政庁が拒否しまたは放置した場合に、その申請どおりの行政行為をなすべきことを求めて提起されるものであり、行政庁の右のような消極的な公権力の行使に対する不服の意味をもつものである。したがつて、特定の行政行為をなすべきことを求める訴訟は、行政庁の積極的な公権力の行使に対する不服の訴訟である行政庁の違法な処分の取消しを求める訴訟(いわゆる取消訴訟)とその本質を同じくするものということができるから、被告適格についても、行政庁の違法な処分の取消しを求める訴訟の被告適格に関する規定を類推すべきである。

そして、本訴提起当時施行されていた行政事件訴訟特例法第三条は、行政庁の違法な処分の取消しまたは変更を求める訴えは、他の法律に特別の定めのある場合を除き、当該処分をした行政庁を被告として提起すべきものと規定しているから(行政事件訴訟法附則第六条参照)、特定の行政行為をなすべきことを求める訴訟も当該行政行為をなすべき行政庁を被告とすることを要するものというべきである。ところで、農池法第一五条による買収については、同条第一項が「国がこれを買収する」と規定していることから同条による買収事務が国の事務であることは明らかであるが、地方自治法第一四八条第一、二項、同法別表第三の(七〇)、農地法第一五条第二項、第一一条は右買収事務の管理および執行を都道府県知事に委任し、都道府県知事が国の機関として買収令書の作成交付等の買収事務をなすべきものとしている。したがつて、農地法第一五条による買収処分をなすべき行政庁は買収すべき土地の所在する都道府県の知事である。そうすると、原告らが本訴において買収すべきことを求めている土地はいずれも埼玉県に存在することが明らかであるから、その買収処分をなすべきことを求める本訴請求は埼玉県知事を被告として提起することを要するものといわねばならない。しかるに、原告らは右買収処分をなすべきことを求める本訴請求を国を被告として提起しているから、右請求は不適法として却下を免れない。

(二)  原告らは、第二次的請求の趣旨(二)において、「右各土地が、被告国に買収された場合には」として被告らに本件各土地の売払い、所有権移転登記手続あるいは所有権移転登記の抹消登記手続等を求めている。

「右各土地が被告国に買収された場合には」との趣旨は必ずしも明白でないが「前項により」とあるところからみれば、第二次的請求の趣旨(一)の本件各土地の買収請求が認容された場合にはという趣旨であるものと解される。もしそうであるとすれば既に前項で述べたように、第二次的請求の趣旨(一)の農地法第一五条による買収請求は不適法として却下を免れないのであるから、その請求の認容されることを前提とする第二次的請求の趣旨(二)の請求はこの点においてすぐに訴えの利益を欠くことになり不適法として却下を免れない。かりに原告らの求めるところが本件各土地が将来農地法第一五条により買収された場合には、という趣旨であるとしても、近い将来そのような場合の生ずることを予見しうるべき事由のあることの認められない以上、このような場合の生ずることを条件とする将来の給付の訴えは、その必要性を欠き、訴えの利益を有しないものというべく、いずれにしても第二次的請求の趣旨(二)の各請求は不適法としして却下を免れない。

四、以上の次第であるから、本訴第一次的請求はいずれも理由がないものとして棄却を免れず、また、本訴第二次的請求はすべて不適法として却下すべきである。よつて、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判断する。

(裁判官 位野木益雄 高林克己 石井健吾)

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